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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)781号 判決

原告(反訴被告) シェル石油株式会社

右代表者代表取締役 恒川坦平

右訴訟代理人弁護士 藤井正博

同 松本成一

被告(反訴原告) 千代田商運株式会社

右代表者代表取締役 望月敬長

右訴訟代理人弁護士 永松達男

主文

一、原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二、原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙物件目録記載の不動産につき別紙登記目録記載仮登記の抹消登記手続をせよ。

三、訴訟費用は本訴・反訴を通じ全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一、当事者の呼称

本訴原告・反訴被告を「原告」、本訴被告・反訴原告を「被告」と略称する。

第二、当事者の求めた裁判

一、本訴請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につき別紙登記目録記載の仮登記に基づく本登記手続をし、且つ右不動産を引き渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、右に対する答弁

1  主文第一項同旨。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三、反訴請求の趣旨

1  主文第二項同旨。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四、右に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第三、当事者の主張

一、本訴の請求原因

1  原告は、石油製品の売買を業とする会社であるが、昭和四五年七月一日付をもって、被告との間において、継続的商品売買契約を目的とし、期間の定めなく当事者の一方は相手方に対しいつでも解約できるものとし、この場合右申入の日から三〇日経過したときに終了することを内容とする特約店契約(以下「本件特約店契約」という)を締結した。

2  しかして昭和四七年二月一〇日付をもって、原、被告間において、被告所有にかかる別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」又は「本件給油所」という)について左記の条件による賃貸借を予約し、別紙登記目録記載の日に同記載の仮登記(以下「本件仮登記」という)手続を了し(但し土地に対する登記原因日は昭和四七年二月一〇日とすべきところを誤ったものである)、且つ、本件特約店契約の解約申入がなされたときは、原告は被告に対し右予約を完結することができ、この場合被告は原告に対しその費用負担により、右仮登記に基づく本登記手続をすると同時に、本件不動産を即時引き渡すことを約した(以下「本件賃貸借予約」という)。

(一)賃貸期間 本契約となった日から二〇年間

(二)賃料   土地一ヶ月につき金一四万円、建物一ヶ月につき金八万円

(三)支払期日 毎月末日

(四)特約   原告は被告に対し、賃貸借予約が本契約となるに至るまでの間、土地一ヶ月につき金一〇万円、建物一ヶ月につき金五万円の割合による給油所運営補助金を支払うこと。

3  しかるところ、被告は昭和五一年七月一五日付をもって原告に対し、本件特約店契約について解約の申入をしたので、原告は前記約定に従い被告に対し、昭和五一年八月一八日到達の内容証明郵便により、本件賃貸借予約を完結する旨の意思表示をするとともに、本件仮登記に基づく本登記手続をしたうえ、本件不動産を原告に引き渡すよう催告した。

4  よって、原告は被告に対し、本件不動産につき本件仮登記に基づく本登記手続及び右不動産の引渡を求める。

二、右請求原因に対する認否

すべて認める。

三、抗弁及び反訴の請求原因

1  本件賃貸借予約書は給油所建設資金貸付の保証及び本件特約店契約に基づく根低当権設定約定書と同時に作成されたものであるところ、当時の被告代表者佐野武義は法律知識に疎いため、本件賃貸借予約は、原告の債権担保のための右抵当権設定に通常附随して設定される被告の金銭債務不履行を停止条件とする賃貸借契約と同一の意味内容であると誤解し、かかる意思で右予約書に調印したものであるから、被告代表者の右意思表示の要素に錯誤があり、右賃貸借予約は無効である。

2  仮に右事実が認められないとしても、本件賃貸借予約の完結権行使の条件の一つである本件特約店契約の解約申入とは合理的な理由のないものに限られると解すべきところ、被告が原告に対して申し入れた本件特約店契約の解約には以下に述べるとおり合理的な理由があるので、右条件は成就せず、却って右予約は完結権行使の条件事実を支える基盤を欠くに至り失効した。

イ 被告は、ガソリン、軽油、灯油等の販売その他の事業のためガソリンスタンド(本件不動産)を所有するほか、福岡県京都郡苅田地方に立地するセメント製造各社に対し船舶用燃料油(バンカー)としてA重油、B重油を供給するため、給油船、タンク、倉庫等の設備を有し、海上給油部門を経営している。

被告の昭和五〇年頃における月間売上高は約四、〇〇〇万円で苅田地方の売上げシェアーの二四・八パーセントを占めるが、特にA重油とB重油はそれぞれ同地方の需要の四七・六パーセントと五七・七パーセントを満たしている。これは、被告が同地方に立地するセメント各社のうち三菱鉱業セメントに対し、セメント運送用船舶の燃料として重油を大量に供給しているからである。かように、被告は苅田地方の石油販売特約店の中で重油販売構成比がずばぬけて高く、特異な地位を占めているものである。

ロ 原告は、国際石油資本(メジャー)ロイヤル・ダッチ・シェルグループに所属する外資系石油元売会社で、主要製品はガソリン、ナフサ、灯・軽油、重油、従業員数は約二、五〇〇名、傘下給油所数は約四、五〇〇ヶ所、年間販売量の国内シェアーは約七パーセントを占める大企業である。

ハ 本件特約店契約によれば、原告は被告の販売実情に即し、被告の必要とする商品を随時供給する責任を負うものである。しかるに原告は、重油が不採算油種であるとの理由で、昭和五〇年八月重油値上げを発表し同時に出荷制限を開始した。

被告はそれまで、海上給油部門の平均月間販売量A重油二五〇キロリットル、B重油四五〇キロリットルに相当する重油を原告から供給されていたのであるが、同年一〇月から原告は被告に対し、重油及び灯油につき数量割当制を実施し、その後徐々に割当枠を縮少させ、昭和五一年四月以降特に規制を強め、A重油、B重油とも月間割当量各二〇〇キロリットルとしたのである。

ニ 元来石油元売各社にとっては、B重油、アスファルト、ジェット燃料は現行価格体系では不採算油種とされており、収益力向上のためにはガソリンなどの採算油種の販売構成比を高め、不採算油種を切り捨てることが得策とされているが、苅田地方に立地する各種工場用燃料及び船舶用燃料としてB重油は必須であり、被告は需要者から一定量の重油確保を要請されていた。もとより被告にとっても、重油は利幅の少ない油種であり、原告からのB重油仕切価格は一キロリットル当り金二万二、三〇〇円に対し売値は金二万五、〇〇〇円で、粗利は金二、七〇〇円に過ぎず、A重油もほぼ同様であったので、営業経費等を考慮すると、一定の量を超える重油販売が被告の収益を確保し需要者への供給責任を果たすため必須の条件であった。

ホ 原告の前記重油供給制限は、右の如き実情にある被告の営業に重大な支障をきたし、その企業存立が危殆に瀕したので、被告は原告に対し再三に亘り右制限撤廃を申し入れたが、原告はこれに応じなかった。

よって被告はやむを得ず、原告と競争関係にある石油元売会社エッソ・スタンダード石油株式会社(以下「エッソ」と略称する)に対し、昭和五一年四月頃から重油供給を懇請し、以後同社から不足の重油を仕入れるようになったが、これが軽油にも波及し、特に同年六月以降B重油の供給量はエッソが原告を上廻るようになった。

ここに至って、被告は原告の特約店たる実質を失い、エッソの特約店たる実質を有するに至ったので、被告は原告に対し同年七月一五日本件特約店契約の解約を申し入れ、同年八月一五日以降一切の商品取引を中止し、現在ではエッソの特約店となっている。

3  更に右主張が理由なく、本件特約店契約の解約申入がなされれば、それが合理的理由に基づくと否とを問わず、原告において常に本件賃貸借予約の完結権を行使できると解すべきであるとすれば、

イ 本件賃貸借予約は公序良俗に反し無効である。即ち、本件賃貸借予約は本件特約店契約と一体となって原告の市場支配の目的に資するものであり、予約完結権行使は特約店契約の解約申入を条件の一つとしている。右解約申入に理由を問わないとすれば、いずれか一方の側からする解約申入即被告企業の廃止を意味するのであるから、被告にとっては解約の自由はあってもその申入をすることは事実上禁止され、原告との特約店契約の継続強制たる性格が極めて濃厚である。かように、本件賃貸借予約は被告の営業に対する極めて強度の自由制限を含んでいて、契約目的が社会的妥当性を欠くものといわなければならない。

ロ 本件賃貸借予約は昭和五二年改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」と略称する)に違反し無効である。

① 独禁法第二条第七項第四号、一般指定第七号後段に該当する不公正な取引方法であって、同法第一九条に違反する。即ち、被告が原告の競争者から製品の供給を受けるために原告との本件特約店契約の解約を申し入れた場合には、原告は本件賃貸借予約を完結し被告に対し事業施設たる本件給油所の引渡を求めることができるのであり、かくては被告においてその事業を廃止するほかなくなるのであるから、本件賃貸借予約は本件特約店契約と一体となって、被告が原告の競争者から製品の供給を受けることを禁止する意味を有するものであり、かかる取引は、「正当な理由がないのに、自己の競争者から物資、資金その他の経済上の利益の供給を受けないことを条件として当該相手方と取引すること」に該当する。

② 独禁法第一五条ないし第一七条に違反する。即ち、被告は本件給油所において石油製品の販売その他の事業を営んでいるもので、これを原告に賃貸することは被告の国内における営業全部を賃貸することになる。また、被告は苅田地方において重油需要の約半分を供給しているところ、原告がその施設たる本件給油所を排他的に支配するに至るときは、右地方における重油需要の過半数を支配し原告単独の意思で数量、価格等を左右する可能性を有することになり、原告の市場支配によって需要者はコストの高い他燃料油種への転換を余儀なくされ、経済の健全な発達は阻害される。

ハ 原告は前記の如く被告を窮迫させて本件特約店契約を解約するのやむなきに至らしめ、市場支配をなそうとするものであるから、原告の本件賃貸借予約完結権の行使並びに本登記及び不動産引渡請求は権利の濫用であって許されないというべきである。

4  よって、本件仮登記の原因である本件賃貸借予約は無効又は失効しているので、被告は本件不動産の所有権に基づき原告に対し、本件仮登記の抹消登記手続を求める。

四、右抗弁及び請求原因に対する認否並びに主張

1  抗弁等1項の事実のうち、被告代表者の意思表示の要素に錯誤があったことは否認する。

2  同2項のうち、冒頭の事実は否認し、イないしホについては左のとおり認否する。

イ 前段は認め後段は不知。

ロ 販売シェアーを除き認める。

ハ 前段は否認し後段は争う。

ニ B重油が石油元売各社にとって不採算油種とされていることは認め、その余は不知。

ホ 第一段は否認し、被告とエッソとの取引内容は不知。被告が主張の如く原告との取引を中止し現在エッソの特約店となっていることは認める。被告が本件特約店契約の解約申入をしたのは、エッソからの移籍勧誘に応じ、いわゆる看板塗替えを企図したことに基づくもので、B重油の供給割当を理由とするものではない。

3  同3項の事実はすべて否認する。

4  本件賃貸借予約を締結するに至った事情は次のとおりであり、同予約が公序良俗に反する理由はない。

イ 石油元売会社は、石油製品の販売を業とするものであるが、その取り扱う各油種(ガソリン、灯油、軽油ないし重油、ナフサ、ジェット燃料、潤滑油等)のうち、ガソリンは主としていわゆるガソリンスタンドと称せられる給油所で販売しているものであるところ、その販売先が自動車を運転する一般需要者であるので、給油所は日本全国の主要道路に即して重点的且つ合目的的に配置して、顧客の便宜に供するとともに、元売会社としても販売促進の実を挙げているのである。しかしてこの配置はネットワークと呼ばれ、ネットワークの組み方の優劣は、顧客の購買意欲の消長にも影響を及ぼし、ひいては元売会社の販売成績に重大な結果をもたらすものであること理の当然である。

ロ 本件不動産は原告のネットワークの一環として苅田地方に重要な位置を占める給油所であって、かかるが故にこそ原告は将来の給油所不動産の確保を目的としてこれを賃借権の対象とし、予約の期間中においても、本契約の際の賃料月額金二二万円の約七割に相当する金一五万円を給油所運営補助金の名目の下に、予約料として多額の金額を被告に支払ってきたのみならず、有形無形の補助ないし援助を与え、有効なる給油所とするため被告の育成を図ってきたものである。

ハ 即ち、被告の給油所は元来敷地が狭かったものであるが、原告は、苅田地方の有望性に鑑み被告の要望もあったので、右敷地を買い増させ建物を近代的に改築することとし、従来の倍量に相当する販売をもくろみ、昭和四七年二月から三月にかけて、被告のため所要資金について銀行借入先を見つけ、低利息にするよう交渉し且つ保証をして借り出し、給油所を建築完成したもので、これが本件不動産に該当し、該不動産につき原告のネットワーク確保の対策の一環として本件賃貸借予約を締結した次第である。

5  本件賃貸借予約は独禁法に違反しない。

イ 原告は被告がエッソからB重油の供給を受けることを禁止はしていない。なお被告のB重油の事業所は、海岸々壁を利用して行われるものであって、本件給油所を利用して行われるものではない。この事実をもってしても、本件賃貸借予約は排他的条件の実質を備えておらず、不公正な取引方法に該当しないこと明らかである。

ロ 本件給油所は被告の営業施設であって営業そのものではなく、本件賃貸借予約も、被告の得意先等ののれんをも含む有機体としての人的、物的施設を賃借する目的でなされたものではない。

ハ なお、営業賃貸借については独禁法違反行為があっても私法上の効力に影響はなく、不公正取引の告示に該当する行為であっても、一律に私法上の効力を否定すべきでないこと当然である。

第四、証拠《省略》

理由

一、本訴の請求原因事実は当事者間に争いがないので、抗弁及び反訴の請求原因事実について判断する。

1  本件賃貸借予約締結につき被告代表者の意思表示の要素に錯誤があったとの主張についてみるに、《証拠省略》中には、右主張に副う部分があるけれども、これらの部分は、《証拠省略》に比照したやすく信用し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

2  次に、本件賃貸借予約の完結権行使の条件の一つである本件特約店契約の解約申入とは合理的な理由のないものに限られると解すべきであるとの主張については、本件全証拠によるも右主張の如き限定的解釈を導びくことは困難である。従って、本件賃貸借予約契約書(甲第一号証)第三条第一項第一号の文言どおり、本件特約店契約の解約申入がなされれば、それが合理的理由に基づくと否とを問わず、原告において常に本件賃貸借予約の完結権を行使できると解しなければならない。

3  進んで、本件賃貸借予約が公序良俗に反するとの主張について判断する。

イ  左記事実は当事者間に争いがない。

① 被告は、ガソリン、軽油、灯油等の販売その他の事業のため本件給油所を所有するほか、福岡県京都郡苅田地方に立地するセメント製造各社に対し船舶用燃料油(バンカー)としてA重油、B重油を供給するため、給油船、タンク、倉庫等の設備を有し、海上給油部門を経営しているが、昭和四五年七月から昭和五一年八月まで原告の特約店であり、その後はエッソの特約店となっていること。

② 原告は、国際石油資本(メジャー)ロイヤル・ダッチ・シェルグループに所属する外資系石油元売会社で、主要製品はガソリン、ナフサ、灯・軽油、重油、従業員数は約二、五〇〇名、傘下給油所数は約四、五〇〇ヶ所を有する大企業であること。

ロ  前記甲第一号証によれば、本件賃貸借予約の概要は左のとおりであることが認められる。

① 原告は被告が左記のいずれかの場合に該当したときは、被告に対してこの予約を本契約にする旨の申入をすることができ、この場合、この予約は同申入日から本契約となる。

a 本件特約店契約の解約申入がなされたとき。

b 本件不動産(給油所施設)に対し第三者から保全処分、強制執行、競売の申立を受け、又は公租公課の滞納処分を受けたとき。

② 原告は右予約完結権をいつでも放棄することができるものとし、被告はこれに異議を述べない。

③ 本契約となった場合の本件不動産の賃料は月額金二二万円とする。但し、右時点において右賃料が周囲の相場に比較して適正ではないと当事者双方が認めたときは、原告の指定する二銀行の評価額の平均額によりこれを賃料額と定めることがある。

④ この予約が本契約となるまでの間、被告は本件不動産を原告の給油所として石油製品販売等のため運営するものとし、原告は右の間被告に対し右運営負担軽減のため月額金一五万円の運営補助金を交付する。

⑤ この予約が本契約となったときは、被告は原告に対し遅滞なく、本件仮登記に基づく本登記手続を行うとともに、本件不動産を引き渡す。本契約後においては、原告は右不動産を第三者に使用させて原告の給油所として運営させることができ、そのために必要な改築等の措置を講ずることもできる。

ハ  以上の事実を総合すれば、被告が本件特約店契約の解約申入をしたときには、その理由の如何を問わず、原告は被告に対し本件賃貸借予約を完結して本契約にすることができ、この場合、被告はガソリン、軽油、灯油等の販売その他の事業のための本件給油所を原告に対して引き渡さなければならないことになるが、被告の前記営業形態に照らせば、右給油所を原告に引き渡すことは、他に同程度の給油所を入手しない限り、少なくとも船舶用燃料油(バンカー)以外の油種営業の廃止につながるものであり、且つ右の程度の給油所を入手することは容易なことではないと考えられるから、被告にとっては右特約店契約の解約の自由はあってもその申入をすることは実際上禁止されているのも同然であり、かかる意味において、本件賃貸借予約は原告との特約店契約の継続強制たる性格が濃厚であるといわなければならない。

もとより、原告が主張する如く給油所ネットワークの組み方の重要性は疑問の余地なく、右ネットワーク確保の対策の一環として本件賃貸借予約を締結する必要性も理解できなくはない。

しかしながら、被告としては、一旦原告と本件特約店契約及び賃貸借予約を締結しその傘下に入った以上は、原告の業績不振等の理由から右特約店契約を解約し他の石油元売会社に移籍しようと考えても、前記の如き事情により実際上これを断念せざるを得ず、敢えてこれを強行すれば、その営業の大半を廃止せざるを得ない事態にもなりかねないのであるから、本件賃貸借予約は被告の営業の自由(特に移籍の自由)を著しく制限するものであることは否定できない。

そもそも営業の自由は憲法上保障された基本的人権なのであるから、これに対する制限は私法上の契約においても合理的な必要最小限度にとどめられるべきものであり、この限度を超える制限を課する契約は公序良俗に反するものと解するのが相当であるところ、本件賃貸借予約が被告に対して課する前記の如き著しい営業の自由制限及びこれに対する代償的性質を有すると解される運営補助金の額、原告と被告との経済的優劣、原告がネットワーク確保の対策の一環として他の合理的な方法を選び得る余地の有無等本件証拠上認められる諸般の事情を総合して判断すれば、本件賃貸借予約は、被告の営業の自由を合理的な必要最小限度を超えて制限するもので、公序良俗に反すると解すべきである。

二、そうすると、本件賃貸借予約は民法第九〇条により無効であるから、これが有効であることを前提とする原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、本件不動産の所有権に基づき原告に対し無効の本件賃貸借予約を原因とする本件仮登記の抹消登記手続を求める被告の反訴請求は理由があるのでこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

〈以下省略〉

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